沿革

会社案内
安政3年
(1856)
初代・武田浅次郎 岡山市中納言にて創業
池田藩筆頭家老で大茶人伊木三猿斎の指導 で古くからあった黍団子をお茶席にも向く求肥製にしたのが、きびだんごの始まり
明治19年
(1886)
天皇岡山行幸
「日の本にふたつとあらぬ吉備団子むへ味はひに名を得しや是」と、御製を賜る
明治24年 山陽鉄道開通(〜岡山)
明治27年 日清戦争が始まる
日清戦争凱旋の時、初代・武田浅次郎は桃太郎の扮装をし「日本一の吉備団子」の大幟を片手に兵士たちの帰郷土産にきびだんごを売り込む
明治32年 武田充平 二代目店主となる
昭和6年 武田常夫 三代目店主となる
昭和13年 三代目・武田常夫病死 妻貞子(現会長の母)が店を切り盛りする
昭和16年 太平洋戦争が始まる
昭和26年 (資)広栄製菓設立 武田貞子が代表者となる
昭和37年 武田修一 四代目店主となる
昭和39年 東京オリンピック開催
昭和41年 岡山市藤原に藤原工場が完成する
昭和43年 第17回全国菓子大博覧会で「きびだんご」名誉総裁賞受賞
昭和45年 万国博覧会が大阪で開かれる
昭和46年 (株)廣榮堂設立
昭和47年 山陽新幹線(新大阪〜岡山)開通
岡山駅ピーチプラザに出店
昭和48年 もち米の産地で有名な岡山市高松地区の農家と特別栽培によるもち米生産を契約
昭和52年 岡山市高松地区の農家と契約して栽培した「むかし吉備団子」を発売
中国自動車道 岡山県内全線開通
昭和53年 大衆菓子部門(株)ヒロエ製菓設立
昭和56年 倉敷美観地区に倉敷店オープン
昭和63年 瀬戸大橋開通
与島プラザに出店、与島京阪フィッシャーマンズワーフに塩飽亭オープン
現地生産の「水軍餅」を売り出す
平成4年 岡山県英田郡東粟倉村(現:美作市)農協に協力、村内で収穫される自然の原料を使って菓子を製造する「東粟倉工房」が完成
平成5年 「元祖きびだんご」のパッケージを一新
人気絵本作家・五味太郎先生のオリジナルイラストを使用
平成6年 第22回全国菓子大博覧会で「むかし吉備団子」名誉総裁賞受賞
平成7年 1月17日に起きた阪神・淡路大震災に対し、水、お餅、お汁粉の材料、「きびだんご」を持参してボランティア活動を実施
平成7年 (株)ヒロエ製菓、(株)廣榮堂と合併
沖縄を主産地とする黒糖を使用した「元祖黒糖きびだんご」発売
平成9年 伊豆大島産の自然海塩「海の精」を使用した「元祖海塩入りきびだんご」発売
アース環境サービスによる衛生管理指導導入
平成10年 「ひろば」復刊1号
新工場建築プラン(黒川建築設計事務所)
アサヒビール茨城工場見学及び廃水処理技術の研究開始
製造機器及び自動化ラインエンジニアリング検討開始
黒川建築設計事務所、銭高組・林建設工業所JVにより廣榮堂藤原新工場建設プロジェクトチーム結成
平成11年 廃水処理棟建設開始(アクアレッサー)
平成12年
(2000)
アクアレッサーによる廃水処理棟竣工及びアクアレッサーによる廃水処理開始
「岡山後楽園三百年祭」記念菓子コンテスト優勝(紀村)
藤原新工場地鎮祭、建設着手
一番街店リニューアルオープン
倉敷店改装オープン
藤原新工場製造機械搬入、試験操業開始
平成13年 藤原新工場竣工式(感謝の集い)
「白桃きびだんご」発売
倉敷三越リニューアルオープン
品質向上のための3カ条スタート
平成14年 「復刻きび団子」発売
天満屋岡山店地下食品売場リニューアルオープン
本店製造が本社4階へ移転 「武蔵吉備団子」「銘菓武蔵」「武蔵の鍔」
「武蔵串団子」「武蔵ようかん」新発売
「廣榮堂タイムズ」創刊
平成15年 新組織チームリーダー制へ移行
お客様センター設立
新倉庫棟竣工
全国銘菓展 創作和菓子コンテスト大賞受賞
「月間B地点エクスプレス」創刊
平成16年 「ショコラ大福」発売
「フェルマータ」発売
平成17年 晴れの国岡山国体開催
平成18年 「かぐや姫の泉」発売
新藤原店地鎮祭、建設着手
第13回うらじゃ祭りに初出場
武田浩一 五代目社長に就任
さんすて岡山店オープン
平成19年 3月22日:新藤原店開店
4月6日:150周年記念式典・記念イベント開催
新作「ももたろう」絵本刊行
さんすて福山店オープン

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